57歳

歳をとることに抵抗は無い。

誕生日の盛大な祝いを好きだったのは若いころの話しだ…子供の頃は母に、結婚してからは妻に誕生日のご馳走を指名したものだ…

家を創りはじめる仕事は30代後半から関わり出した。最初の頃は大変なことばかりだった…40代になり それまで築いてきた仕事を全て捨てて建築家になった…決して順風満帆では無かったが 誕生日は妻や子供が祝福してくれた…仕事がうまくいかず 誕生日なんてどうでもよいと思ったこともあった…

そして私は今日 57歳になった。

私は充実している毎日を送っている。80代になっても建築家として現役で働ける自負がある。

ウディ・アレンは81歳になったそうな…ウディアレン監督最新作の『カフェ・ソサェティ』が5月5日に公開になり…ぼんやりと17歳の自分が今は無い函館巴座のバーガンディ色の椅子に掛け『アニー・ホール』を観たことを思い出してみた…

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ダイアン・キートンのネクタイやチノパンが話題になったこと以外、正直思い出せないのだ…もう40年近くも前の事だが『アニー・ホール』のポスターを部屋に貼ったのだが、部屋の中は当時ブルース・リーとクラプトンのポスターだらけであきらかに世界観が違うウディ・アレンのポスターは浮いていた…

父に映画のポスターを全て破られたことがある。あまり嬉しくない思い出なのだが…今では懐かしい思い出でもある。
あれは中学の頃だったか…姉たちと比べて成績があまりパッとしない私に喝を入れるつもりだったのか…何故、あまり家に帰れない遠洋航路の船乗りの父が、息子の宝物のポスターを全て破ったのかはいまだに理解出来ない…父は私を怒った事が殆ど無い。それなのに中学から帰宅すると部屋の中は破られたポスターの山が無言で私を迎えたのだ…あのショックは今でも鮮明に覚えている。裏で母がそそのかしたのでは無いか…と今は思う。

宝物のポスターの中にまだアニー・ホールは無かった…父も母も、ポスターを破られた後の私の態度を見て後悔したと思う。
その衝撃の宝物ポスター破られ事件の日から父や母を軽蔑するようになり今、57歳に至っている。

母は友人からの大事な手紙もよく盗み見をしていた…まったく最低な行為である。今で言う子供のメールやSNSを勝手に見る行為と同じである。私はそんな事はしない。
母のことは好きだったが中学のあの日から高校・大学と嫌な人間性を感じることが多々あり、今でも自分の母親ながらあまり善い人とは思ってはない自分がいる…

ウディ・アレンは81歳にして57歳になった私を魅了する。母はもうじき85歳になるがいっこうに尊敬の念がわかない…私は子供たちから、どの様に写っているのだろうか…もしかしたら、軽蔑されていてもおかしくはないかな?と思っている。もしそうだとしても気にしない。子供たちと私は志しと思想が違う。

私は母のことが大好きな普通な子供だった。姉たちには申し訳ないくらいひいきされて育てられた…よく考えたら その行為がすでに間違っていると最近になり、ようやく気が付いた。妻は子供も孫たちも平等に愛情をかたむけられる人間である。

妻と結婚して33年になったが、妻から人として学ぶことが多い…うちの娘たちや息子は自分たちの母の偉大さに気がついているのだろうか…娘たちも二児の母として頑張ってはいるが妻の足元にも及んでいない。まぁ比べるのも愚かな行為なのだが…

5月の3連休中は同居の孫たちと長女と新潟 湯沢と信州蓼科と山梨河口湖のトーマスランドで過ごした。孫たちは可愛い盛りである。見ていて飽きない。孫娘が円谷プロの怪獣の大ファンで、私と共通の趣味でもあるので、ついたくさん怪獣のフィギュアを買ってしまう…もちろん孫たちは喜んでいる。

旅先で長女に年齢を尋ねたら33歳だという…私は24歳で父になったのかと実感した…

そして57歳の誕生日は妻と二人きりで那須のこじんまりとした宿で祝うことにした。いつも2人で旅をしているが 珍しく今回の57歳を祝う旅は少しワクワクしている。

仕事も毎日忙しく 頭と身体が休まる日は無い。休み明け 新築、リフォーム、太陽光、エクステリア、店舗デザイン、グループホーム…ありがたいことに 山の様な仕事が待っている。住宅営業時代に常に20件以上の案件をこなしていたが、今もそんな感じの忙しい毎日である…

57歳になった。怪獣のフィギュアを孫にかこつけて買う楽しみが出来た…

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